―― 身の裡が熱い
もはやどちらのものかも判らぬ荒々しい吐息が、
夜陰に彩りの没した広間の、閑とした中へと垂れ込めて。
こちらの居場所を下へ床へと狭めるかのように追い立てる。
腕を伸ばしての こちらからも抱え込むよに、
しゃにむにしがみついてる手だけじゃあなくて。
互いの汗が馴染み合ってのこと、
肌と肌とが一つに張りつく手前の限界まで密着している。
交ざり合えないことがもどかしいような、でも、
だからこそ、こうして強く抱きしめてくれるのだと。
どこへもやらぬと…取り込めないのがもどかしいと、
そんな憤懣に狂おしくなっての乱暴さまでが愛おしい。
束縛の手が痛いほど、痛さの中にそんな求めを強く感じ、
何かへ例えることの出来ぬ欣喜に、身体の芯が甘くしびれる。
「…ぁあ、や…っ。」
何度か達して、それでもまだと。
短気な自分を焦らし、ともすればギリギリまで餓(かつ)えさせ。
たっぷりじっくり手間をかけ、
出来る限りのすんでまでこらえて練り上げて。
“…っ!”
ああもう、これ以上は無理だと、
頭の芯が、まぶたの裏が、
眸を開いてられぬほど白く目映く弾けそうになったのへ。
こちらをそうまで追い上げた一番の刺激、
自分の中、熱い楔を打ち込んだ相手の、分厚くて堅い背を、
そこへと回した腕の先、細い爪にて引っ掻けば。
それが無意識のものでも しっかと拾い上げてくれてのこと、
「…あっ!」
「ん…っ。」
ぐいともう一歩を押されることもあれば、
耳元を甘咬みされることもある。
よしかと訊いてる間合いを感じることもあれば、
不意を突いての一気に翻弄されつつということもあり。
口惜しいくらいに心得のある手際で導かれ、
あられもない声があふれ出そうなほどの、
背条が引きつりそうになるほどの解放の反動に、
ぎゅうと力強く支えてくれる腕の中、心置きなく翻弄されるのが堪らない。
「…蛭魔。」
うん、ああ。此処だって。
大丈夫、呼吸はつらいが、意識はあるぜ。
荒れ狂う波涛の先で待っててくれてる。
案じているような気配はない、端とした声なのに。
けれど、それを聞くと不思議と安心する。
柔らかな声は、低く響いて甘く。
格別の愉悦の熱さと激しさを総身に浴びての堪能し、
疲労困憊くったりと、とろとろに萎えてしまった身へ、
小さなさざ波のような甘い微熱がじんわりと滲み始める頃ともなれば。
こちらを組み敷いての折り重なっていた、
広い胸板や厚みのある肩が、
ちょっとばかり無遠慮にも獰猛に、
そりゃあ大きく上下して。
それから…あのその。/////////
そぉっとなのは加減してだろ、身の裡からぬるりと去るのへ、
「…っ。」
どういう未練か、腰がかすかに震えてしまったが。
いつものこととて 気づかぬ振りをし、
まだ余熱の滲む大きな手のひらを額にあててくれ、
そこへと張りつく前髪を拭い上げてくれる葉柱で。
されるままになりながら、ふっと思うのが、
―― つくづくと変な奴だよな。
いつからのことかも忘れたが、
調伏の仕事がない晩も、
退屈だからって呼ばずとも、律義にいつも傍にいて。
すりとにじり寄れば、意を察し、
この懐ろへと掻い込んでくれるようになって。
……なあ、あんなに嫌がってたのにな?
呼び出すたびに けったくそ悪いって顔してやがったのにな。
いつの間にか、俺よりも俺ンこと知ってやがってよ。
そいで…俺よりずっと、こんな俺ンこと好きでいてくれて。
“…変な奴。”
俺じゃあお前の子を残せないってのによ。
何へのどういう義理立てか、
仲間の女へも手を出してねぇみたいだし。
そんなしたら俺が怒るとでも思ってんのかな、
式神の誓約があるからしゃあねぇとか思ってやがんのかなって。
何か微妙にそういうのが気になって…腹が立って。
なら、こうすりゃ嫌気が差すんじゃないかって、
ああしろこうしろって偉そうに構えて注文つけたり、
しまいにゃあ“お前は出すな”なんて無茶言った頃もあったけど。
何言っても堪(こた)えねぇし、何やっても呆れねぇし。
慣れのないころ、そりゃあ はしたなくも取り乱しちまった時だって、
少しも慌てず、一晩中背中を撫でて落ち着かせてくれたし。
悦(よ)すぎてもいけないんだなと、
加減ってのを夜ごとに学習してったらしくって…いやあのその。////////
「…?」
「あつい。」
ああそうだな、これからは晩も暑くなんだろな。
そうと言って身を離そうとしやがるから。
馬鹿、違うって、
だから、その…なんだ。
お前って分厚いから重い…って、
いや、でもだから、そっち行くんじゃねくて。//////
「お前ってさ、何でそう 妙なところは素でボケボケなんだかな。」
「ああ"? 何だそりゃ、喧嘩売ってやがんのか?」
凄んだって聞かれねって。
上掛けにって、脱ぎ散らかしてた小袖掻き集めながらじゃあ、
説得力ってのがねぇってば。
―― 何でも出来て、何でも手に入ったのに、
何でだか無性に空しくなった春だったのが。
寂しくなくなったのはいつからだったか。
新たに たった一つだけ手に入っただけなのに。
もう何にも要らないって、心満たされたのがいつからだったか、
それが思い出せないのだけが ちと口惜しいと。
ささやかな憤懣に胸を切なく傷ませる術師殿。
庭先にてはツツジの白が、夜陰の薄闇に優しく滲む初夏の宵…。
〜Fine〜 08.5.20.
*これこそ手前みそもはなはだしいですが、
こんなまでむずがるのを御してくれるよなカレ氏、
どっかに落ちてないでしょか。(切実…。)
めーるふぉーむvv 

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